大判例

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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)510号 判決 1961年12月20日

控訴人(被告) 富士化工機株式会社

被控訴人(原告) 大石登三郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の本件仮処分命令申請を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決を、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を、それぞれ求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨、証拠の提出認否は、左に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにそれを引用する(原判決三枚目表二行目に「提晶」とあるのを「提唱」と訂正する。)。

控訴代理人は、つぎのとおり陳述した。

「被控訴人は、本件解雇後、大阪市西淀川区御幣島町田中電機株式会社及び同町村上送風機株式会社に勤務し、昭和三四年一一月初旬からは尼崎市浜海地一九番地日本研磨工製作所で働き、相当な収入を得ており、経済的に困窮している事実はない。すなわち、被控訴人は、本案判決をまつても、そのために回復できない損害をうけるおそれはないのであつて、本件は、保全の必要性を欠いているといわねばならない。

控訴人は、原判決により被控訴人を控訴人の従業員として取扱い、その命ぜられた金員を支払つて来たところ、調査の結果、被控訴人は、入社当時提出した履歴書に賞罰なしと記載あるにかかわらず、昭和三〇年八月三一日傷害罪で罰金二、〇〇〇円に処せられており、その以前にも窃盗、傷害事件で二回取調をうけていることが判明した。さらに、被控訴人は、昭和三五年一〇月三一日及び同年一二月一九日の二回にわたり西淀川簡易裁判所でいずれも傷害罪により罰金三、〇〇〇円及び同五、〇〇〇円によれぞれ処せられていることがわかつたので、このように再三にわたる傷害事件を起こしながら、自己の行為につき何ら反省の色なく、他の従業員に無法者に対する畏怖感を生ぜしめる被控訴人を引続き雇傭することは、会社の作業能率に悪影響を及ぼすため、爾後の就業を不適当と認め、控訴人は、被控訴人に対し就業規則二八条五号九号により昭和三六年六月二日付予備的解雇の意思表示をなし、右意思表示は即日同人に到達した。従つて、右解雇により被控訴人に対する労働契約は終了し、同人の被保全権利は消滅したのであるから、本件仮処分命令は、その後の事情変更によつて取消さるべきものである。」

(証拠省略)

理由

控訴会社(その代表者岡本桝吉が経営する個人企業富士製作所を、昭和三三年三月二七日会社組織に改めたものであることは、原審での右岡本桝吉本人の供述により明らかである。)が従業員約三〇名を擁する化学機械、化学薬品等の製造を目的とする株式会社であり、被控訴人が右会社の従業員として機械工場に勤務していたこと、控訴会社設立後、被控訴人及び杉山太郎の提唱により、昭和三三年四月二六日三福食堂(会社の近所にあるうどん屋)に被控訴人ら有志七名が会合して、労働組合結成の具体策を協議し、従業員多数の賛同を得て同月二八日組合結成大会を開催し(後記認定のとおり職場で開かれた。)、従業員二一名をもつて富士化工機株式会社労働組合を組織したこと、組合長、副組合長、書記長、会計、執行委員にそれぞれ被控訴人主張の者らが選出され、組合は、その上部団体として総同盟に加入することを決し、翌二九日被控訴人と組合長の両名が会社代表者に対し組合を結成した旨通告したこと、控訴会社が被控訴人に対し同年五月二六日口頭で即時解雇を言渡し、同人がその理由を明示するよう要求したところ、会社が書面をもつて解雇理由を通知し、その内容が被控訴人主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

被控訴人は、前記解雇は、同人が組合を結成し、また正当な組合活動をしたことを理由とするものであり、会社が組合の運営に支配介入してこれを壊滅する意図のもとになされた不当労働行為であると主張するので、この点につき判断する。

成立に争いがない甲第二ないし第四号証、乙第一号証、証人松元範男、同杉山太郎、同山本文夫の各証言、原審での被控訴人本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)を総合すると、つぎの事実が認められる。

「会社の神田専務取締役は、職場で前記組合結成大会が開かれているのを知ると、その開催中に杉山太郎を呼出し、『組合を結成するのはよいが、外部団体へ加入することはこまる。外部団体への加入を策動した首謀者は誰か。』など申向けて、同組合の上部団体へ加入することを阻止した。また、会社は、『上部団体へ加入するのをやめなければ、会社を閉鎖する。』と流言し、組合の団体交渉申入れに対しても、『組合のことで一々会つてはおれない。君達の勝手にせよ。』といつて、これを拒否したことがあつた。

会社は、組合の会計馬場幸彦に対し、ケーシングの作業に不注意な点があつたことをあげて、手当五、〇〇〇円の支払の停止と、製罐工場責任者の役職の剥奪とをしようとしたことがあつた。

そして、工務係串田義弘らの図面の説明の手違いがあつたにもかかわらず、被控訴人がチヨークライナーの不良製品を出すと、会社は、特に被控訴人にのみ責任を負わすべき筋合いでもないのに、同人が直接加工にあたつていることを理由に本件解雇を通告して来た(チヨークライナーの不良製品が出て、そのことが解雇の契機となつたこと、チヨークライナーの図面が工務係串田義弘の製図にかかるものであることは、当事者間に争いがない。)。

組合を脱退する者が続出して、右解雇当時組合員の数は一〇を下り、一方、脱退者は、第二組合である富士化工機株式会社従業員労働組合を結成して、会社に信望のある久能木茂を組合長に選出し、会社は、同年五月二一日付で第二組合と労働協約を締結し、また、就業規則を制定して同組合の同意を得た。その後第一組合員は益々減少し、間もなく同組合は、自然消滅するにいたつた。」

以上の事実に徴するときは、会社は、第一組合が結成せられると、同組合が上部団体に加入することを嫌悪し、組合活動の活発化に不安を感じ、組合の弱体化に腐心していたことは、明らかである。前記岡本桝吉の供述中右認定に反する部分は右各証拠に照らしたやすく採用することができず、その他これをくつがえすに足りる証拠はない。

以上のような情況のもとに本件解雇がなされたのであるが、その理由として、「前歴を詐称している点がかなりある。」「前科者なることを誇大に流言し、会社側を間接的に畏怖せしめた。」等をあげているので、果して、これらの事実があつたかどうか、あつたとしてもそれが解雇理由に相当するかどうかにつき検討する。

成立に争いがない乙第二、第六号証、原審証人松田孝四前記松元範男及び杉山太郎の各証言、岡本桝吉及び被控訴人(いずれも一部)の各本人尋問の結果によれば、「被控訴人は、昭和三二年七、八月頃控訴会社の前身である富士製作所(被控訴人本人の供述には、ウツミ鉄工所とあるが、いずれも控訴会社の前身である。)に雇傭されたのであるが、その際提出した履歴書には賞罰なしと記載したこと、被控訴人は、職場の同僚に、いわなくてもよい自己の前科を殊更に口外したこと、控訴会社の社長岡本桝吉は右の事実を聞知して被控訴人に対し畏怖の念をいだき、同人を解雇する機会をうかがつていたところ、本件解雇に及んだこと、被控訴人には、(1)昭和二二年七月二九日京都地方裁判所宣告、食糧管理法違反、懲役六月罰金三、〇〇〇円、三年間執行猶予、(2)同年一〇月二九日岐阜地方裁判所大垣支部宣告、窃盗、住居侵入未遂、懲役八月、(3)昭和三〇年八月三一日西淀川簡易裁判所宣告、傷害、罰金二、〇〇〇円、(4)昭和三五年一〇月三一日同裁判所宣告、傷害、罰金三、〇〇〇円、(5)同年一二月一九日同裁判所宣告、傷害、罰金五、〇〇〇円に処せられた各前科があること」、を認めることができる。

被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は、前記乙第六号証に比べ措信し難い。

右事実によると、被控訴人が秘匿して採用されたとする前科は前記(1)ないし(3)であつて、(1)及び(2)の刑の執行後かなりの年数がたつているとはいえ、(2)の犯罪は、当時の社会状勢を斟酌するとしても破廉恥罪であることには変りはなく、これらを履歴書に記載しなかつたことは、詐術として必ずしも軽微なものであるということはできない。そして、被控訴人が会社内で口外した前科の罪名は明らかでないが、会社側及び他の従業員が前科のあること自体によつて或る程度の畏怖心をいだくことは、無理からぬことであり、しかも、被控訴人が本件解雇後も(4)(5)の犯罪を犯している事跡にかんがみるときは、同人が粗暴な性格の持主であることには間違いなく、そのような性質が職場内における行動に反映していたことも想像するに難くない。

被控訴人に右の如き事情が存する以上、控訴会社の同人に対する信頼関係が失われたとしても、あながちこれを責めることができず、また、他の従業員の作業能率にも悪影響を及ぼす危険があることは明らかであつて、このこと自体すでに解雇の理由に価するといわねばならない。そして、これ等事情を併せ考察すれば、控訴人に前記組合への支配介入の事実はあつたけれども被控訴人が組合の中心人物としてなした前掲組合活動は必ずしも本件解雇の決定的動機ではなかつたと見るのが相当であるし、その他これを肯認するに足りる資料がない。故に、被控訴人の本件解雇が不当労働行為であるとの主張は採用することができない。

また、被控訴人は、右解雇が権利の濫用であると主張するが、解雇の契機がチヨークライナーの不良加工であつたとしても、解雇の理由が前記説示の如くである以上、その失当であることはいうまでもない。

従つて、本件解雇の有効であることは明らかであるから、その無効を前提とする被控訴人の本件仮処分申請は理由がない。

よつて、民事訴訟法三八六条、八九条、九六条、七五六条ノ二、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井末一 小西勝 岩本正彦)

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